白砂山、上ノ間山、稲包山、忠次郎山、上ノ倉山、佐武流山、大黒山、向山、
三国峠、
三国山、筍山、大源太山、天丸木山、赤倉山、赤湯山、平標山、
仙ノ倉山、松手山、
万太郎山、
谷川岳、
苗場山、一ノ倉岳、茂倉岳、神楽ヶ峰、日白山、東谷山、八木尾山、タカマタギ山、武能岳、白板山、向山、雁ヶ峰、足拍子山、荒沢山、七ッ小屋山、正面山、高石山、大源太山、柄沢山、方丈山、秋葉山、大峰山、立柄山、高津倉山、
飯士山
平安末期、高橋半六(高半旅館祖)の温泉発見より(自然湧出毎分約500リットル)始まった現・湯沢町の歴史は、その後温泉湧出地名の湯ノ沢から湯沢となる。
江戸時代には
三国街道の
宿場町へと発展していく。1931年(昭和6年)に
上越線が開通したほか、翌1932年(昭和7年)7月9日には温度71度、1分間に270リットル自然湧出する
温泉を掘り当てることに成功した。その後、次々と温泉掘削に大きな成果を上げ、現在の湯沢温泉の基礎ができあがると、大規模な温泉保養地となっていった。また、1937年(昭和12年)に
川端康成の小説「
雪国」が刊行されると、越後湯沢の知名度は全国的なものとなる。